やるぞうくんのたちばなし

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日々のこと

阪神淡路大震災から23年

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この時期に何回か記事にしたことがあると思いますが、
風化させないために改めて今年も。

そのとき、私は、会社の都合で、兵庫の伊丹の会社の寮生活を
していました。(阪急電鉄 伊丹駅近く)

まだ、明け方で暗かったです。突然、揺れ出して、ガラスのコップの割れる音が
響きます。
本当に怖かったです。
立とうとしましたが、揺れで立てません。
冗談でなく、畳を抑えて、自分の力で揺れを止めようとしていました。

収まった後、しばらく、何が起こったかわからず、ボーとしていたと思います。
すると、明るくなってきましたので、部屋を出て、廊下に出ました。
寮長が点呼を取っていました。

でも、まだその時は、すごい地震だったなあ程度で、その日打ち合わせがあって
早く会社に行かないとなあと考えていました。

会社に行く途中でだんだん、すごさがわかってきました。
あちこちの家の瓦がくずれ、塀がた入れているところがいたるところにありました。
そして、駅についたときに愕然としました。
いつもの駅が無いのです。
2階高架の駅が倒れ、電車が転がってます。

始点終点の駅なので、始発前に駅に電車が止まっていて、電車の重みで、被害が大きかったんでしょう。
自衛隊の方が、警備をされてました。すごい早い、自衛隊の応援だったと思います。
自衛隊って県知事の要請じゃなかったかな?千葉も優秀な自衛隊員がいるので、もしなんかあったら
森田健作知事が素早い判断で要請してくれればいいなあ

会社に行くのを諦め、寮に戻りました。

東京の本社では私と連絡が取れず、大変なことになっていたようです。

幸い、寮が古い建物で余計に頑丈で無事でしたし、水道は井戸もあり、
ボイラーも稼働していましたので、生活には困りませんでした。
周りの方々に開放していましたので、結構な方が非難されてきていました。

その後2カ月ぐらいは、仕事の関係で被災地を回っていました。
朝、事務所へいって、その日に回るところの地図とお弁当を受け取って自転車で
回るというのを1か月ぐらい。
おかげで2、3kgはやせました。

木造の建物がこんなにばらばらになるというぐらいバラバラです。
三宮では、5階建てぐらいのビルが転がっています。
または、ビルが斜めになっているので、平行感覚がなくなります。
繁華街は異臭が漂っていました。震災の前よく通っていましたので、自然と涙が出てきました。

また、長田の火災現場に行ったときは本当に焼け野原で何もなく、今でも忘れられない光景でした。

もう、阪神淡路大震災の慰霊祭では震災を知らない人の方が多いようです。
近くで経験したものにとっては、忘れられない、1日であり、忘れてはいけない1日だと思ってます。

ちょうど、本日は雨もふってきて、ちょっと感傷的になっています。

神戸市が震災の時の記録をwebで公開しています
阪神・淡路大震災『1.17の記録』

あの震災で
なにかあったら助け合いってだいじだなあと経験しました。

また、この間の
東日本大震災の被災者頑張っている人をみて勇気をもらいました。

私も、へこたれず、がんばろうっと。

 

 

 

 

 





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